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コロナワクチンを接種する?しない?
ネットのなかでよく見かけます。
体の中でなにかモヤモヤとするので、コロナワクチン接種の目的を考えてみました。
出てきたシンプルな答えは、
“コロナにかからないため”
“周りにうつさないため” です。
「目的を考える」に至った経緯 ~潮の香りとホーホケキョ
<お知らせ>
・「イノキュレイション」という語を多用しています。
「接種」の意味を広辞苑でしらべた際この英訳を知り、“響きがおもしろい” と感じたからです。
「接種」=inoculation / イノキュレイション
・文中、記事の主題とは関係なく魔法瓶が登場します。
ブログ内に設けたアフィリエイトリンク経由により発生する、紹介料を得たいと考えているためです。
「目的を考える」に至った経緯
少し遠出をして、海にきています。砂浜に腹回りほどの流木が打ち上げられているのを見つけたので腰かけました。
持ってきた魔法瓶から、お茶の粉末を入れたペットボトルに冷水を注ぎ入れ、フ~っと一息。
うっすらとした青空、潮の香りがまじる風。バシャンっバシャンっと波の音。
とおく水平線に浮かぶ船をながめながら作ったお茶をグビっと飲みました。
私はテレビを見て過ごすことが、日常で久しくありません。代わりにYouTube をよく見ます。
世の中の動き、知らない知識、わくわくドキドキなどの刺激。ただボーっと 、、
好奇心や知的欲求、あたらしい情報をもとめたとき、暇つぶしをふくめ主にネットで満たします。
令和として新年のはじまりを初めて迎えた2020年の春。
いつものように YouTube をボーっと見て過ごしていたとき、路上を歩く人が突然バタッと倒れる動画がながれました。
中国のどこかの街、倒れた人はピクピクと痙攣し苦しそう、、
記憶が変換しているかもしれませんがそんな情景が残っています。コロナウイルスの存在を知りました。
これまで生きてきた中で衝撃的な出来事を思い起こしたとき、
阪神淡路、東北、、地震などの天災をのぞき、自分にとって一番のものは“インターネットの登場”かなと思うことがあります。
倒れ痙攣する人の動画を見てうけたショックや、その後しばらくしてひっそりとする自分の暮らす街の雰囲気から、
コロナ禍はインターネット登場と同等、それ以上の劇的な変化を世にもたらす、、そんな予感がしたのを覚えています。
以来コロナに関する動画をあさり、その中で様々な情報や知識に出会いました。
一年が経ち、食い入り得たものと現実の身の回りとを照らし合わせてみたとき、私の目には“王様の着ている服”は未だに見えません。
ネットやテレビの情報に触れずどこか小さな島で暮らす人となら、この感覚は共有できるでしょうか、、
海にきてコロナワクチンについてのモヤモヤを考えてみているのですが、波音にまじりホーホケキョと鳴き声が聞こえてきます。
潮の香りとホーホケキョ、、海にもウグイスっているんだな、、
最近 YouTube 内では、コロナワクチンに関する動画をよく見かけるようになりました。ワクチンの有効率。副反応、危険性。
人ごみでマスクをつけること以外、コロナ登場以前となんら変わらない在り来たりな自分の日常。
一方、いまやコロナの脅威は焦眉の急といっていい段階にさしかかっている、、緊急事態、蔓延防止に自粛と窮屈な世の中。
そこに、イノキュレイションする! しないべき、、?
「目的を考えた」 理由
なぜ、イノキュレイションの目的を考えたのか?
イノキュレイションについて、私の選択は迷いなく”しない”です。
ネットの情報に触れた結果、コロナよりもコロナワクチンの方が圧倒的に怖い、、かなり深刻なもの。
私の目には、コロナワクチン王の着ている服が見えています。
コロナワクチンは危険なもの、、
どうにかして、”しない”の選択が望ましい、、と伝えたい。
「危険を伝える」
「イノキュレイションの回避に導く」
これがイノキュレイションの目的を考えた理由です。
気づいている人にも、気づいていない人にも、イノキュレイションしてしまう前に、、
どうにかして伝えようと考えたとき、イノキュレイションの目的を明確にすることが重要と思い浮かびました。
目的が明確になれば、危険なコロナワクチンが”必要なものではない”と気づくことができるのでは?との考えです。
掘り下げて出てきたもの
コロナワクチンをイノキュレイションする目的とは、、
“コロナにかからない”
“周りにうつさない”
思い浮かぶものは、いたってシンプル。
少し掘り下げてみて、
”苦しいのは嫌だ、死にたくないといった恐怖から逃れるため”
”大切なファミリーやコミュニティを守るため”
”夢や目標を叶えるため”
“輪を乱さないため”
”村八分に合わないため” etc.
シンプルな目的の奥くまったところに、状況や立場の違い、視点の持ちようによって向きや度合いに変化のある多様な目的があることに気づきました。
イノキュレイション”する”といった選択を、心もち寛容的にとらえることができるようになりました。
“コロナにかからないため”
“周りにうつさないため”
そう考えるのは、
自分、家族や仲間のいまある日常と、
訪れる未来もふくめ、健康で楽しく。
“変わらないで欲しい”
“よくなろう”
そう願うからだと思います。
魔法のポット オン テトラポット
流木に腰かけた足元に、ザバーンっと波が近づいています。
顔と腕の肌をつたう太陽の熱を感じながら、ボーっと小一時間が経ちました。
世の中に置いていかれるような感覚がわずかに現れましたが、天気はよくおだやかな海。
やっぱり気持ちいい。そんな孤独はすぐ吹きとびます。
大自然に、わが身をイノキュレイション。お茶の渋みと自然の恵みを逆イノキュレイション。
体の中のモヤはまだ心なしか残っているものの、ずいぶんすっきりとしました。
「あぁ。マイクテスツ、no.1。ワン、ツー」
「ん?」
「ワクチンの、、なんだって?」
テトラポットの上に置いた魔法瓶から声が聞こえます。
「ワクチン、どうしたの?」
「えっ? いや。ん~、危険性を、、」
「”ワクチンの危険性を伝えたい”だって?」
「、、うん」
「”イノキュレイションしない”とする自分の判断の正当性」
「うん?」
「強固にしたかったサぁ」
「、、、それな」
浜辺にきて考えてみた理由に気づきます。
ホー、ホケキョケ。
またウグイスの鳴き声が聞こえました。
沖を正面に見てななめ後方、防波堤をへだてた先に小さな林があります。どうやら鳴き声はそこからのようです。